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山形のくじら餅とは?その特徴や由来、発祥について解説!

山形
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山形のくじら餅とは?その特徴や由来、発祥について解説!

くじら餅とは?

くじら餅とは、米粉、砂糖、くるみを主原料としたお菓子で、山形県の郷土菓子です。

鯨の肉が入っているわけではなく、もち米とうるち米の粉を水で練り、箱の中でのばし胡桃・砂糖水・醤油を加えてせいろで蒸し上げて作られる、大変素朴な餅菓子です。

外観は、ういろうや羊羹に似ています。

黒砂糖、くるみ、みそ、しょう油、あん入りなどの種類もあります。

原材料はうるち米・もち米の粉・小豆・砂糖とシンプルですが、むっちりとした歯ごたにモチモチした食感が特徴でとても上品な味わいが口の中に広がります。

塩味と甘さのバランスがよく、飽きのこない味で、柔らかいうちはそのまま切って食べますが、硬くなったら少し温めたり、焼いたりしてもおいしくいただけます。

全国的にはあまり知られておりませんが、山形県では江戸時代から各家庭で作られてきた伝統餅菓子です。

新庄や最上地方では旧暦に雛祭りの節句を祝う風習があり、くじら餅は供えられるひな膳に用いられます。今では、お茶うけとして日頃から親しまれているお菓子です。

くじら餅の名前の由来

江戸時代の書物に京の都を代表するこの時代のお菓子の作り方が紹介され「鯨餅」と載っていて、白と黒の二層になり、鯨の皮の断面に似ていたことから「鯨餅」という名前がつけれたといわれています。また、くじら餅の「くじら」は「久持良」と書くこともあり、くず米を使って作ったことからとも、日持ちがすることから久しく持ちが良いの頭文字をとったとも言われています。

くじら餅の発祥

今から約300年前、江戸時代の宝永年間の頃、新庄藩の第3代藩主である戸沢正庸(まさつね)時代(1664年~1740年)に狩りや戦いの場に兵糧食として用いられたのがはじまりで、新庄が発祥といわれています。

江戸時代には朝鮮の通信使の接待にも出されたと記録されています。

江戸から明治時代にかけ、日本海で活躍していた北前船。鰺ヶ沢港も弘前藩の藩米を大阪に積み出す御用港として栄えていました。港から港へと様々な技術や文化が全国へ伝えられますが、くじら餅もそのひとつで、京都から伝わったと言われています。または、中国よりういろうと一緒に長崎の出島経由で日本に伝わったという説もあります。

今では、主に山形県の最上地方や青森県の鰺ヶ沢町・青森市の少数の菓子店でしか製造されていない珍しい菓子なのです。最初は、最上地方(新庄藩)の名物でしたが、北前船によって鰺ヶ沢に伝わり、そこで津軽藩主の庇護を受けて伝統菓子として生き残ったというのが、北日本での伝播ルートだそうです。

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